上掲の写真は真ん中やや内角よりを左方向に打ち返したものと判断されるが、身長に比し踏み出しの足幅が広いため腰の回転が不足、またタイミングの関係か重心が前足に移っていない。広いスタンスからすり足に近い踏み出しのため腰が安定、バックにおけるグリップ・バットの角度も無理のないフォームを示している(@〜B)。踏み出した時足幅が広いので下半身に無駄な力が入っているが、これは腰の回転を妨げることになる(C〜E)。スイングを始動するや右足を送り込んでいるが、足幅の影響で左ヒザが前方に出るためこれが生かされていない(F〜H)。バッティングで重要なことは色々あるが、インパクトにおける足幅が自らの身長・体質に合っているか否かが大きなポイントになる。
 最良の場所を見つける方法は、踏み出した態勢をとってから力強く素振りを繰り返すことである。広過ぎると腰の回転を妨げ、また狭いと下半身に力が入らないことになる。柔軟なヒザの動きによる回転と、しかも下半身が安定する場所は一箇所しかない。各自に適したものを身に付けることが打力向上に結びつくのである。応用動作としてスタンスを変えても踏み出した足腰が常に一定することがタイミングにも役立ってくる。インパクトのあと前足を伸ばしてスウェーを止めているが、重心が左足に移っていない(I〜K)。下半身に柔軟さを付けることを進言しておく。 菅野は武相高から三菱自動車川崎にかけて攻守の内野手として活躍を続けていた。日本ハムは大橋が阪急に移ったあと遊撃に人材がなく、昭和49年秋のドラフトでこの菅野を1位に指名して迎えたのである。しかし、入団の50年度は75試合に出場したが、打数80で安打13打率・163に終わった。翌年は打率・245とやや上昇したが、昨シーズンは再び・185と低下、首脳陣から日本の自衛隊(守備だけで攻撃力なし)とまで評されていた。長打を狙うためか上半身を突っ込み、しかもインパクトの時体が浮き上がる欠点があった。この打法では腰が回転していないため内角に詰まることになるが、今シーズンはこれが矯正され92試合に出て打率・255本塁打3本をマークした。 菅野 光夫
課題は下半身の柔軟さ
     を身に付けること
           解説・松木謙治郎
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